小学五年生の八月始めの事だった。
祖父の家に遊びに行って、僕は虫を探しに山に登った。
日は高く、木漏れ日が地面を覆う。
その様子がなんとも飽きなく続くので、ずっと僕は下を向いて歩いていたんだ。
いつからだろうか。舗装された道ではなく、けもの道を歩き出したのは。
唐突に木漏れ日が消え、光が地面を覆った。
そこは開けた広場だった。
その奥には古びた神社。
引き寄せられるかのように僕はその神社へ向かった。
苔むした鳥居をくぐったその時、
「バンッ!」
大きな音と共に社の扉が開いた。
中にあったのは、大きな右目だった。
人が右目を下に、小さな穴を覗く仕草と言えば分るだろうか。
小さな社には到底入るはずのない巨大な人間がそこに入っていたのだ。
それは巨大な目玉をギョロギョロと動かし、僕を見つけた。
「お、お、お、しとちがい、しとちがい」
地面が揺れるような、しかし耳触りの優しい男の声がした。
そして窮屈そうに少し動いたと思えば、ぎゅうぎゅうの顔と社の壁の隙間からなんとも綺麗な、普通のサイズの人間の腕が伸びてきた。白魚のような指先には何かを掴んでいる。
「お、お、やろうぞ」
両手を出してそれを受け取ると、その腕は引っ込んでいき、また「お、お、お、」と笑い声なのだろうか、声と共に戸は閉まり、また蝉と風のざわめきが暖かな、いつも通りの世界に戻っていった。
ただ、僕の手元にある深い青色で宝石のように光を透かすドングリだけは、やはりあの声を現実のものとするような異様さと神秘さを語っていた。
おじいちゃんは私がせがむと毎回ちゃんと、この話をしてくれる。
嘘だほんとだなんて事よりも、今私が見ているこの青く輝く木の実が、その話の全てなんだろうな、と思う。
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