4年前の空間

あれは俺が5年生の頃だった。

俺の家族は、その時アパートの3階に住んでいたんだ。

あるとき、上に住んでいた4階の住人が引っ越した。

夜中とか結構ドタバタうるさい所だったんで、正直ラッキーぐらいに思っていた。

次の日、弟が俺をその4階の部屋の前まで引っ張って行って、「いいもの見せてあげるよ」と言った。

「ほら、ここの家鍵が閉まってないんだぜ」

本当だ。きっと住人が出て行くときに閉め忘れて、大家もチェックをするのを忘れたまま帰ってしまったんだろう。

もちろん、家具などは運び出されてしまっていてもう無いが、

自分の家とまったく同じ家具の無い部屋の中にいると、不思議にワクワクしてくる。

俺達はその部屋を秘密基地にすることに決めた。友達にだって内緒だ。


それから多分3日ぐらい後だと思う。

予想外に学校が早く終わった俺は、家の鍵を忘れて出かけてきてしまった事に気が付いた。

母さんは仕事だし、弟はサッカークラブで夕方にしか帰らないだろう。

困ったな、どこで時間をつぶそうか。

突如俺の頭に名案がひらめいた。あの部屋の中で待っておけばいいじゃないか!

この間弟とあそこで遊んだときに、トランプやいくつかのおもちゃを置いたまま出てきたはずだ。

それで遊びながら、弟の帰宅を待てばいいだろう。

そんな事を考えながら、俺は勝手知ったる人の家でドアを開けた。


・・・・え?何コレ・・・!?

その部屋にはちゃんと家具が置いてあった。

誰かがまた引っ越してきたんだ!と思い込んだ俺は、慌ててドアを閉めた。

しかし、怖いもの見たさで細くドアを開けた俺は、不思議なことに気づいた。

この家具の並べ方、部屋の雰囲気、なぜか懐かしい・・・。

部屋に上がって、シールをベタベタ貼り付けた冷蔵庫を見て、ついに理解した。

ここは、4年、5年、もっと前かもしれないが、俺の家なのだ。

なぜ4階の部屋に入ったはずなのに、4年前の俺の家になっているのか。

さっぱりわからなかったが、ただただ懐かしさで、フラフラと家の奥に入って行った。

ああ、このテレビ使ってたなぁ、俺の机ちいせぇなあ、この電話も――――


電話に触ろうとした瞬間、ジリリリリリリリン!と、いきなり電話が鳴り出した。

とっさに取ろうとしたが、ふと手が凍りついた。

4年前の俺の家には、小学5年生の俺はいないはずだ。だから俺はこの電話を取っちゃいけない。

そう思うと、この異空間が急に恐ろしくなってきて、鳴り続ける電話を尻目に一目散に逃げ出した。


その数時間後、帰って来た弟と一緒にこの部屋へ入ってみたが、

4年前の家なんてあるはずも無く、ちょっと薄暗い家具の無い部屋が広がっていた。

ただ、押入れの中に隠してあったトランプやおもちゃは、見つからずじまいだった。


今でもふとこの体験を思い出すと、考えることがある。

もしあの時、俺が電話を取っていたら、どうなっていたのだろう?

くだらない妄想かもしれないが、あちらの世界は意外と常に甘い餌を用意して、

こちらの人間を狙っているのかもしれない。

しかし話は変わるが、成長した俺は今は受験生で、今最も勉強がつらい時期だ。

今、あの部屋の電話が鳴れば・・・俺はその受話器を取ってしまうかもしれない。

WUNDERKAMMER

名作は、名作と呼ばれる理由があるはず。 それを求めて映画や本を観ています。 あとは奇妙なもの、怖い話や自分が好きなものをここに集めています。

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