親の車だと思っていた

私の実家はかなり田舎の田園地帯にあって、駅から徒歩で30分から40分くらいかかるので、

夕方以降はいつも最寄りの駅まで親に迎えにきてもらってるんです。

で、昨日もサークル終わりで終電帰りになっちゃったので、

最寄り駅のちょっと手前くらいで、迎えに来てもらえるよう親に連絡しました。

それから駅に着いて、いつも通り何の躊躇いもなく迎えに来てくれた親の車に乗ったんです。


ところが、私が乗った車は親とは別の人の車でした。

この時私は歩きながらスマフォの画面をずっと見ていたので、親の車かきちんと確認せず乗車したのですが、

駅といっても田舎町で終電でも殆ど人はおらず、大体うちの車しか止まっていないことが多かったので、全く疑ったりもしなかったんです。


私を乗せた車はいつものようにそのまま発進しました。

いつも自分が乗っている車の雰囲気くらいは分かりますし、

全く知らない赤の他人の車に乗ってしまっているなんて、普通は絶対気づくと思うんですが、その時は何故か心の底から本当に親の車だと思っていて、ごく普通に車に揺られながらスマフォを触っていました。


私を乗せた車の運転手は黒い服を着て帽子を被った男の人でしたが、顔は暗くてよく見えませんでした。

私は親と会話するみたいに、ごく普通に男の人と会話をしました。

今思えば気付かない方がおかしいと思うくらい変な状況なんですが、その時は本当にその人を親だと思い込んでいて、何の違和感もなく、他愛もない日常会話をしていました。

車内はうちの親の車よりも随分と小奇麗で、車内にはラジオ?みたいなのがかかっていて、

前方のスピーカーから女の人がぼそぼそ喋っているのが聞こえました。

私は何故かそのラジオが気になって、「ラジオ聴きたいから音おっきくして」と何気なく言いました。

男の人は「うん。でも長男が起きるから大きい音はあかんわ」と言って音量を上げてはくれませんでした。

それから男の人は、私が何を言ってもぼそぼそと聞き取れない言葉しか返してくれなくなりました。

その時の私は、『私が何の連絡もせず終電での帰宅になってしまったので、機嫌が悪いんだ』と思っていました。


それから車はどんどん走り続けました。

いつもなら7分くらい、長くても10分はかからない程度で帰れるはずなので、もう家に着いていてもよいはずです。

そこで初めて怪訝に思った私は、今どこを走っているのか確認するために窓の外を見てみました。そして驚きました。

私を乗せた車は、トンネルを通過している途中でした。

勿論、帰路にトンネルを使用したことなどありません。

は!?と思わず声をあげそうになり、

そこで初めて親ではない、別の誰かの車に乗ってしまっていること、

今まで親と信じ込んでいたこの男の人が、何の面識もない赤の他人であることに気が付きました。


私の胸に猛烈な恐怖が波のように押し寄せてきました。

それまでは男の人と普通に喋っていたのですが、

誰だか分からないと気付いてしまった今では、もうまともに声を出すことすらできません。

そしてそれから、今まで私が何か話しかけても消え入るような声でしか返してこなかった男性が、いきなりはっきりとした声で話しかけてきました。

内容はあんまり覚えていませんが、

「今日の昼は母さんの弁当食べたんか」

「破竹の勢いで長男が成長しとる」

「お前もはよう結婚せえ。じいちゃんが見合いの写真見ながら、仏壇の前で心配しとるで」

というようなことでした。


私は男の人の喋り方に、なにか形容しがたい違和感を覚えました。

言葉は完全に私に向けてなのですが、

なんというか…私に話しかけているというより、ずっと一人で喋っている感じなのです。

大きすぎる独り言、と言うとイメージしやすいかと思います。

大体察してもらえるかと思いますが、男の人は田舎特有の古風な話し方でした。


車はやがてトンネルを抜け、両脇が木々に囲まれた一本道を突き進み始めました。

私は、自分が誘拐されてしまい、どこか知らないところに連れていかれるのではないかと思い、勇気を振り絞って何かを言おうと思いましたが、こういう時に限って何も言葉は出てきません。

でもこうしている間にも窓の外の景色はどんどん木々を濃くしているようで、そっちの方が恐ろしくなり、

私は蚊の鳴くような声で「あなたは誰ですか」と言ってみました。

すると今まで喋り倒していた男の人がぴたりと黙り込みました。

私はもう泣きそうになって、冷や汗がとめどなく流れ、心臓がばくばくと波打ち、本格的に気分が悪くなってきたので、

その勢いで「車酔いで吐き気を催したので、降ろしてほしい」と言いました。

男の人は黙ったままでしたが、その後路肩に停車してくれました。

私はすぐに降りました。

そしてそのまま車の進行方向と逆の方へ、一目散に逃げました。

一瞬たりとも振り返らず、息もせず、もうこれ以上走ったことがないくらい走って走って、

先ほど通過してきたトンネルが見えた辺りで立ち止まって、泣きながら親に電話しました。

親は電話越しにとても心配しており、迎えに来てくれとの連絡から一時間以上も帰ってこないので、警察に連絡しようかというところだったそうです。

何度も連絡をくれたらしいのですが、私のスマフォにはそのような連絡は一切入っていませんでした。


それから親がスマフォのGPS機能で場所を特定してくれましたが、私の居た場所は京都府の山の中だったそうです。

実家は奈良県なので、あの最寄り駅からこれだけの距離を知らない人の車に乗せられて来たのだと思うとまた怖くなり、あの男の人が車に乗って追い掛けてくるかもしれないという不安も重なって、道路の端っこの方で隠れるように小さくなりながら、迎えが来るまでひたすら泣きました。


男の人は幸い追い掛けてはきませんでした。

従姉妹夫婦がたまたまが私のいる場所の近くにいたそうなので、暫くして迎えに来てくれました。

私は従姉妹夫婦の顔を見た瞬間、大声をあげて泣いてしまい、車の中でもずっと泣いていました。

落ち着いてきたころに従姉妹夫婦に事情を説明すると、従姉妹夫婦は「たちの悪い不審者ではないか」と言いました。


それから家まで送ってもらい、私は無事に帰ることが出来ましたが、一晩たった今でも恐怖が拭いきれずにいます。

何だか不思議な感覚ですが、男の人の声や後姿は今でも鮮明に思い出せますし、

車の匂いやラジオから流れていた女の人の声もはっきり覚えています。

あのままどこか知らない場所に連れていかれていたらと思うと、背筋が凍るような思いです。


それと、私は男の人とは会ったことは勿論見かけたことすらなかったのですが、男の人は私のことを知っている感じでした。

私が色々と気付く前に日常会話をしていたとき、

普通に大学の名前や勉強のことについて言われたり、私が好きなお酒が家にあることを言ってくれたりしていたので。

ですが、私には妹はいますが、男兄弟はいません。祖父はとっくに亡くなっています。


やっぱり男の人は私を誰か別の女性と間違えていたのでしょうか?

でも何度思い返しても、あの男の人は私を誰かと間違えて会話していたのではなく、

私のことを私だとちゃんと認識した上で話していたように思うんですよね。

WUNDERKAMMER

名作は、名作と呼ばれる理由があるはず。 それを求めて映画や本を観ています。 あとは奇妙なもの、怖い話や自分が好きなものをここに集めています。

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