真っ紫

俺が小学5年生だった頃の朝、

いつのも様に、自分の家の近所の2人の同級生達と、学校に登校する為に登校路を歩いていた。

しばらく話しながら歩いていると、前方を歩いている2人組の女の子が視界に入った。

1人は自分と同じクラスの同級生、もう1人は別のクラスの女の子である。


俺は同じクラスの女の子の方に目が釘付けになった。

『全身、真っ紫』なのである。

『真っ赤』とか『真っ青』とか『真っ黄色』等と言う言葉はあるが、『真っ紫』と言う言葉はないと思う。

が、どういう状況を見たかと言うと、

頭の先の髪の毛から体全体の服、靴までの全身が、紫色のペンキを頭から被った様に『真っ紫』なのである。

普段からそんな奇抜な格好をしている子等と言う事はなく、普通の女の子である。

普通なら、おい、あれ見ろよ!!と一緒に歩いてる同級生の2人に話しかけるのであろうが、

なぜか話してはならないと言うか、話したくても言い出せない、

口を開こうとしたら言い知れぬ恐怖感が襲ってくる様な、

金縛りの軽い感じの様な不思議な不快感を俺は感じていた。


俺と一緒に歩いている同級生2人も、確実にその紫の女の子は視界に入っている距離だ。

だが何も言わないし指摘もしない。

普通にゲームの話等をして盛り上がっている。

そして、もはや前方の女の子2人を追い越す距離までに近づいた。何も言わない。おかしい。

すれ違いざま女の子の顔を見た。卒倒しそうになった。


肌の色まで真っ紫だったのだ。顔の皮膚、腕の皮膚、足の皮膚、全てだ。

思わず悲鳴を上げると、女の子2人が「おはよう」と挨拶をしてきた。「おー」と同級生2人が返事を返す。

俺だけ引きつった顔をしている。

やはりおかしすぎる。誰1人として、女の子の全身が紫な事に一切触れないのだ。

「お前何驚いてるんだ?」と怪訝な表情の同級生2人。

ドッキリか?とも思ったが、いくらなんでもこんな手の込んだドッキリをする意味は無い。

その時初めて、自分以外には見えてないのだと思った。


ドッキリでは無い事は、教室に入ってからいっそう確信する事になった。

他の同級生達も、一切その女の子が紫な事には触れず、普通に話している。

極めつけは、出席を取る際や授業が始まった時だ。

担任の先生すらも一切その事に触れない。他の人たちには見えていない事を確信した。

その日はもう、俺の頭の中は???で一杯だった。授業中も上の空、給食や休み時間も上の空である。

あいつ何で紫なんだ?と同級生に聞けば言いのだが、

先程も書いた様に、言い知れない程の『この事に触れてはいけない』と言う様な、

本能的なおぞましさを感じて言い出せなかった。

ましてや当人の女の子に直接聞く様な事は出来なかった。


そして下校直前の掃除時間の事である。

グループごとに分かれて校舎内の様々な場所を掃除するのだが、

自分のグループが割り当てられた場所は、校舎の裏庭の方の少々薄暗い区画だった。

例の紫の女の子も同じグループだった。

俺の目の前には、全身紫のその子が箒でゴミをはいている後姿が見える。

周囲には俺とその子しかいなかった。聞くなら今しかない。

「なん、なんで、な・・・」

言い知れぬ怖気が言葉をどもらせ、質問を躊躇させ、口がうまく開かない。


そしてとうとう好奇心が恐怖心を凌駕した。

思い切っていっそうその女の子に近づき、「何で今日は全身紫なの?」と聞いた。

その瞬間、女の子が体全体でこちらに向き直り、

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

と、飛び出さんばかりに眼を開き、顎が外れんばかりに口を開き、

いつもの女の子とはとても思えない鬼女の様な真っ紫の表情で絶叫していた。

俺もたまらず絶叫し、箒を放り投げて教室に駆け戻った。


やがてチャイムが鳴り、掃除時間は終わり俺は机に座っていたが、

その間教室でどう過ごしたかはまったく記憶にない。

ホームルームが終わり、下校の時間になると、とにかく早く家に帰りたかった。

毎日一緒に下校する友人はその日クラブ活動があり、今日は自分1人で帰る日だった。

下駄箱に通じる廊下を歩いていると、前方から例の紫の子が友人2人と歩いてくるのが見えた。

その子もクラブ活動に行くのであろう、体操服を来てこちらに歩いてくる。

視線を合わせないように小走りにすれ違おうとすると、その子がすれ違いざまに、

「モウキカナイデネ」とボソッと言った。

『もう聞かないでね』ではなく、

宇宙人やロボットの真似をする時の様に、抑揚の無い声で、

『モウキカナイデネ』と言った。

俺は走って校舎を飛び出した。どう帰ったかも覚えていない。


家に帰ると、ゲーム等をしたりしてその事をなるべく考えないようにした。

晩御飯を食べ終わるくらいまでは、それなりに楽しく過ごした。

が、布団に入って寝る段階になって再び恐怖感が襲ってきた。

もし明日も紫だったらどうしよう・・・と思うと、学校に行くのが憂鬱になってきた。親にも話せない。

ノイローゼになるかもしれない。憂鬱な気分のまま、その日は眠った。


翌朝のいつもの登校中。また例の女の子とその友人の後姿が前方に見えた。

女の子は普通に戻っていた。安堵した瞬間、なぜか涙が出てきた。

一緒に登校している同級生たちに不思議がられ、からかわれながらも、嬉しくてしばらく涙が止まらなかった。

女の子とすれ違う瞬間も、まだ少し恐々とした気持ちで顔を覗いたが、皮膚の色も通常に戻っていた。

「おはよう」「おはよう」と普通に挨拶をかわした。

以後、卒業するまでその女の子が再び全身紫になる事は1度もなかった。あの日の事も2度と聞く事はなかった。


一体あれは何だったのか?

もう聞かないでねと言ったと言う事は、

少なくとも女の子自身も、紫色になっている自分を自覚していたと言う事なのだろうか・・・

この話は思い出すだけでもトラウマだった話であり、その後もたまに夢でも悪夢として何度も出てきていた。

ようやく最近になって、様々な環境や価値観の変化、時の問題もあるかもしれないが、

ようやく人に話せるようになった、封印していた話である。

紫色になった女の子も、今は結婚して幸せに暮らしているようだと、人づてに聞いた。

今でも、街でもたまに見かける白髪を紫色に染めたお婆さんなどを見たらドキッとするし、

X-MENと言う映画に出てくる、確かミスティークとか言う全身真っ青な女キャラも最初見た時、

あのトラウマが蘇り、当初途中で見るのをやめた程だった。

そんなお話でした。

WUNDERKAMMER

名作は、名作と呼ばれる理由があるはず。 それを求めて映画や本を観ています。 あとは奇妙なもの、怖い話や自分が好きなものをここに集めています。

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