2年前の夏、大学からの帰りでの話。
駅からチャリで自宅に向かっている途中、遠くで黒い煙が立っているのが見えた。
「火事かな?ちょっと行ってみるか。」
と、野次馬根性まるだしで現場に行くと、かなり火が燃え上がっていた。
まだ消防車は到着していないようで、その家人らしき夫婦と近所の人、それから通行人らしき人たちがぼうぜんとその様子を眺めていた。
ふと2階に目をやると、窓際に少女がいる。何か叫んでいるように見えるが、声は聞こえない。恐怖で声が出ないんだろう。
「取り残されてる!やばい!」と思い、夫婦に声をかけた。
「何やってるんだ!早く助けないと!」
しかし、夫婦はただぼうぜんと少女を見つめていた。普段、別段正義感が高いわけではないが、この時は「俺が助けないと」と思い、周りの人間に
「バケツに水汲んでください!それから濡らした手拭も!」
と叫ぶと、近所の人らしきおっさんが
「何をする気だ!?」
と言った。
「何するって、助けに行くに決まってるだろ!あんたら、なんで見てるだけで何もしないんだ!」
と俺が言うと、そのおっさんが何ともいえない表情で言った。
「違うんだ…違うんだよ…。」
火事のためか、かなり混乱しているようだった。
「違うって何だよ!!」
と俺が言おうとした時、そのおっさんが続けて言った。
「…そのご夫婦に、子供なんていないんだよ…。」
「…え?」
何を言ってるのか、最初はまったく理解できなかった。
先ほどは焦っていてまったく気づかなかったが、改めて少女を見ると、違和感に気づいた。
少女はまったく怖がっていない。あつがっている様子もない。まったくの無表情で、大きく口をパクパクさせている。
数秒間、少女を見ていると何を言っているのかようやくわかった。同じ言葉をずっと繰り返していたのだ。
「燃えろ、燃えろ、燃えろ、燃えろ、燃えろ、燃えろ…」
消防車が到着するまでの間、俺は夫婦や近所の人、それから他の通行人と同じようにただぼうぜんと眺めているしかなかった。
この火事での死傷者はゼロ。
出火もとの家は全焼し、両隣の家は半焼だった。
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