おまえは、たぶん大丈夫だから

去年の夏の話です。 

新しく引っ越したアパートで、天井から音がするようになったんです。なにかが這い回るような音でした。いつも和室の方で聞こえました。 

ある日、彼を部屋に呼ぶことになりました。私は「そうだ。なんの音か、彼に見てもらおう」と思い、押入れの天袋から屋根裏を見るようお願いしたんです。 彼は懐中電灯をもって屋根裏を覗いてくれました。首から上が天袋にすっぽり入っています。

2~3分でしょうか。彼は無言で見ていました。私が「どう?」と聞いても、まったく反応しません。 「大丈夫かな」と思っていると、彼が一度ピクッと動いて、そのあと、頭を戻しました。

そのときの顔が異常でした。別人の顔……というか宇宙人のような顔で、私は驚いて固まってしまいました。 すると彼は「あっ」っと言って後を向き、手で顔を覆いました。次に振り向いたときはいつもの彼でした。 

彼はソファーに座ると、天井の電気をじーっと見ていました。そして、やたらにペロペロと舌なめずりをしていました。 「……ねぇ……どうしたの?」 と聞くと、彼は上を向いたまま、こう言いました。 「おまえは、たぶん大丈夫だから」  。

そして彼は、テーブルにあったお菓子やおつまみをいきなりガツガツ食べだしました。

あっという間に全部食べて、なにも言わず部屋を出て行ってしまいました。 


それ以来、彼はずっと行方不明です。携帯も不通で、自宅や実家にも帰っていないそうです。

ちなみに、あの音はその日から聞いていません。 

それから数週間後です。この話と関係があるかは分かりませんが、また怖いことがありました。

夜、家路を急いでいると、電柱の明かりの下に、ボロボロの服を着た男性がいたんです。 その男性は外灯にしがみ付き、空中の何かに腕を伸ばし、必死につかもうとしているようでした。

「きっと、頭のおかしい人なんだ」と思い、遠回りして帰りました。 アパートに近かったので、しばらくは本当に怖かったです。 

彼の出来事でナーバスになっていたこともあり、私はすぐに引っ越しを決めました。

WUNDERKAMMER

名作は、名作と呼ばれる理由があるはず。 それを求めて映画や本を観ています。 あとは奇妙なもの、怖い話や自分が好きなものをここに集めています。

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