鏡に潜る

最初に鏡の中に入った記憶は4,5歳のときだった。  

家の中のトイレに続くほっそい昼間でも暗い廊下に、大人が両手を広げたくらいの幅のめちゃくちゃでかい鏡があったんだ。 体が小さかったから、鏡には手を伸ばしてやっと届くくらいの距離。 もちろん見上げても自分の姿は映らない。

ある日、トイレに行こうと思ってその鏡の前を通り過ぎたとき、鏡をふと見上げたら映るはずない自分が映ってた。 でも小さかったからかな、別にそれがおかしいことだと思わなかったんだよ。 こんなでかい鏡に自分だけが映ってる!って、なんか変にはしゃいじゃって、鏡に手を伸ばした。  

その瞬間、鏡に映った自分の手と、伸ばした手がどんどんつながっていって、びっくりしたときには鏡の内側にいた。

なんで内側だとわかったかっていうのは、さっきまで見てた景色とまるで正反対の景色だったから。 怖さよりもワクワクが勝ってたな、あの時は。 鏡の中って入れるんだ!って馬鹿なこと考えてたよ。 で、好奇心旺盛な私は鏡の中の正反対な家の中を探索。 いつもは右に曲がるところを左に曲がらなきゃなかったり、 テレビとかストーブのボタンが逆の位置にあるのを見て楽しんだり、 結構エンジョイしてた記憶がある。

で、そろそろ鏡の中から戻ろうって元の暗い廊下の鏡の前まで行って、 鏡に触ったら意識がぐるんって回転したみたいになって、鏡の外に出てた。  


そんな体験してから小学校3年生までずっと、周りに誰もいない時にその廊下の鏡から鏡の中に入って遊んでた。 ある日、友達をはじめて家に連れてきて遊んでるとき、鏡の中で遊ぼうよって提案したら、 すごく変な顔で「鏡の中って入れるの?」って言われたから、 「鏡の中に入ったことないの?」って聞き返した。

その友達をいつもの鏡の前まで連れて行って、「ここから入れるよ」って言ったら、半信半疑な顔してた。 そのときは鏡の中には皆入れるもんだと思ってたから、入ったことないって言うその子がすごく変に感じた。 そのときにはもう鏡に自分の姿がちゃんと映るくらいには成長してたから、鏡に手をついて、 鏡を水に見立てて頭から潜り込む感じで鏡の中に入ってた。 

それを友達の前で実践して、鏡の中に入ってみたら、横に友達がいた。 

「なんだ、普通に入れるじゃん」って話しかけたら、こっちを振り向いた。 口を動かしてるけど、すごく曇った声が聞こえてきた。 しばらくその友達を見つめてたけど、その声が鏡の外から聞こえてるのに気がついて、 そっちの友達に向かって「声聞こえないんだけど」って話しかけた。 鏡の中から外に、なにかアクションを起こしたのはそのときが初めてだった。 友達はものすごく怯えた顔で鏡の中の私と外の私を見比べてた。 

「どっちが本物の○○(私の名前)ちゃん?」って言われて、なんのこっちゃ分かんなかった。 鏡の外にいるのも中にいるのも自分自身だとちゃんと自覚してたから。 鏡の中に入っても外の自分と連動してたしね。 鏡の中から外、外から中への会話はできるみたいだと気づいたのもそのときがはじめて。 


友達はどうやってもこっち(鏡の中)には入れないんだと分かって、すぐに外に戻った。  

「どうやってるの?」って言われたけど、どうもこうも、水にもぐるみたいな感覚で入ってたから説明のしようがなかった。 鏡から私の声が聞こえたときは驚いておしっこ漏らしそうになったって言われたときは、なんか知らんが爆笑したわww  

友達が帰ってから、おかんに初めて「鏡の中って入ったことある?」って聞いたけど、答えはもちろんNO。 小学校3年の夏、初めて自分の非常識を思い知ったね。


そっから余計に鏡の中に入り込むのが楽しくなった。 で、初めて鏡の中で家の外に出てみたとき、高校生くらいの結構イケメン兄さんに会った。 着物着てる若い人なんて初めて見たから、ものめずらしくてじっと見つめてたら私に気づいた。 

めちゃくちゃ驚かれて、 「なんでこんなところに○○(なんかよく分からない単語。よく覚えてない)がいるの!?」って言われた。 家の中に戻ろうとしたけど兄さん足が速いのかすぐに肩をつかまれて、同じ目線になるようにしゃがまれた。 「どこからこっちにきた?」って言われて、素直に「家の鏡」って答えたら、すごく難しい顔された。

兄さんは「すぐ家に帰って戻れ。二度とこっちにくるな」って怖い顔で言ってきた。 怖かったから頷いてすぐに鏡の外側に戻った。 


それからなんとなく鏡の中に入るのがいけないことなきがして、一年くらい鏡の中には入らなかった。 で、小学校4年になって、家のリフォームすることになって、あの鏡を取り払わなきゃならなくなったんだよ。 廊下もなくなるって言われて、すごく悲しかったけ…。

あの鏡もどこに行ってしまったのか、リフォーム後は家のどこを探しても見つからなかった。 鏡の中にもう一度入りたい、あの兄さんにもう少し話を聞いてみたいって思って、 あの鏡以外からは試したことなかったけど、姿鏡から入れるかなと試してみた。 そしたら、入れはしなかったけど中を覗くことはできた。 嬉しくてしばらく正反対の部屋を見渡してたら、あの兄さんが部屋に入ってきた。

またびっくりされたけど、今度は何も言わないで私の視界を強制的に鏡の外に押し出した(?)。 兄さんに話を聞きたくてもう一度鏡の中を覗こうと試みたけど、なぜかそれ以来鏡の中との行き来はできなくなってた。 以来19の今まで鏡の中に入ろうとはしてない。 

WUNDERKAMMER

名作は、名作と呼ばれる理由があるはず。 それを求めて映画や本を観ています。 あとは奇妙なもの、怖い話や自分が好きなものをここに集めています。

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