見逃すわけがない

怖がりで怖いもの好きだった俺は、

その日バイクを走らせて旧峠の廃トンネルに向かった。

前々から気にはなっていた心霊スポットだったが、出不精で怖がりの俺はなかなか行けなかった所だ。

ただその日は勢いというか、妙な高揚感が勝ってついに繰り出したのだった。


思い立って家を出発したのが夕方ごろ。

廃トンネルに着いた時にはもう辺りは薄暗かったと思う。高所だからか、夏だというのに肌寒さを感じた。

テンションだけで家を飛び出たので当然一人きり。


黄地に赤の[ 》》》]みたいな古ぼけた標識が、苔むしたトンネルの脇に立っていた。

(足元を四角いコンクリートブロックで固められたやつ)

何の気なしに標識の裏も覗き込んだんだけど、

赤のスプレーで

「 こ わ い 」

って書いてあった。


たったそれだけで、びびりの俺の心は折れてしまった。

どこぞの不良が書いたか知らないが、あまりにもチープでストレートで、あまりにも図星だったから。

高揚感で押し止めていた怖さが、一気にあふれ出てしまった。

もうこれ以上はダメだ。

ふざけて肝試しなんかしたら、変な呪いでも受けるかもしれん。

たとえ呪いなんか存在しないとしても、この後偶然何か悪いことがあったとしたら、今日の自分の行いを絶対後悔する。


もうここで引き返そう。

一気に弱気になった俺は、バイクに跨がったまま切り返そうとした。

バイクは慌てると重い。

支えにしていた左足が砂利を踏み、ずる…とわずかに滑ってバイクが傾いた。

バイクはある傾きを越えると、どんなに踏ん張っても倒れてしまう一線がある。

そこを越えた。


あっあっあっ

と思ってるうちに倒れていくバイク。

バイクから弾かれて左側に転がる俺。

ごろりと一回転してアスファルトの路面に手をつき見上げると、例の標識が見えた。

標識の表面の方に黒のスプレーで大きく

「 おまえ 」と書いてあった。


あ~

うんうんうんうん、そうねそうね。さてさてバイクバイク。大丈夫かな。パーツは折れてないかな。大丈夫そうだな。ちょっとガソリンこぼれたかな~。よしよしOK。さーエンジンかかれかかれ。

早く!はやくしろ!はやくしろ!!!

よしかかった!よし!帰ろう!!はやく帰ろう!!!

バイクに集中して、バイクのことで無理やり頭をいっぱいにしながら元来た道を戻った。


『あんな目立つ文字、見逃すわけがないだろ』と、ようやく着いた麓のコンビニで思った。 

WUNDERKAMMER

名作は、名作と呼ばれる理由があるはず。 それを求めて映画や本を観ています。 あとは奇妙なもの、怖い話や自分が好きなものをここに集めています。

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