新入社員の頃の話。
うちは競売にかれられた不動産の調査を請け負っている会社なんだけど、この間前任者が急に無断欠勤しだしたとかで、やりかけの物件が俺にまわってきた。
実をいうとうちの会社は『わけあり物件』を取扱うような、ちょっとダーティーな仕事もやっていて、急にバックれ、また体調が悪くなるとかはよくあることらしい。
まぁ自分も幽霊を信じているかと言われれば、それは気のせいだと言い切ってしまう人間なので、たいして気にもせずに、前任者が地中まで作った調査資料という名の走り書きのメモを持ってその例の物件まで行った。
その物件はかなり古い建物らしく、床や壁がボロボロでひび割れおり、湿っぽいにおいがする。
仕事だからと気合を入れつつ調査を始めた。
一時間位たった頃。
ふと窓から外を見ると、ひとりの子供が向こうを向いてしゃがみ込み、遊んでいるのが見えた。
よその家で何遊んでんだ。
そう注意しようかと注意をしようとするも、気がひける。
おかしいんだ。
なんというか覇気がない。微動だにしない。
人形なんじゃないかと思うほどだ。
ざっくりいうと気持ち悪い。
『…まぁ、今日は遊んでもよし!』
そっと見なかったことにし、調査を続行した。
しばらく調査をしていると、前任者のメモの隅に
『・台所がおかしい』
と書いてあった。
調査資料は、その書き込みのほとんどが部屋の寸法等の数字なので、文字という所でかなりの違和感を感じた。
気になって台所の方へ行ってみると、床が異様に湿っている以外は別段おかしい所はない。
しかし、向こうの部屋の奥においてある姿見に、子供の体が少し映っていた。
多分、さっきの子だ。
物音一つ立てずに入ってきたようだ。
相変わらず気持ち悪い。
もうその子を見に行く勇気も無く、とりあえず風呂場の調査をしようとそそくさとその場から逃げた。
風呂場は風呂場でまた酷かった。
カビ臭さと、そのせいなのか、なにか息苦しい。
そうえいばと先ほどの調査資料を見てみるとまた下の方に
『・風呂場やばい』
と書いてあった。
普段なら笑うことも出来ただろうが、その時はさすがに動揺していた。
調査資料の筆跡が、書き始めと比べどんどん酷くなってきたからだ。
震えるように波打っていて、もうほとんど読めない。
ふと、周りを見てみると占めた記憶も、音もないのに風呂場のドアが閉まっていた。
そして、扉のすりガラスに人影が立っているのが見えた。
さっきの子供だろうか?人間ならまぁ大丈夫…
そう思っているとすりガラスの人影がものすごい動きで動き始めた。
なんというか、踊り狂っている。
頭を上下左右に振い、手足をバタバタさせたり、くねくね動いたり。
人間の動きじゃない。
でも、床を踏め締める音は一切なし。
めちゃくちゃ静か。
そういえばこの家に入ってから自分がたてた音以外、なにも聞こえていない。
あぁ、入った時から始まっていたのか。
目の前では人影が静かにものすごい勢いで蠢いている。
足がくすむ。手が震える。目の前には異形。
でもどうにかしてこの家から脱出しないと。
後ろを見てみると小さな窓があったのでそこから逃げようとじっと窓を見ていた。
そういえばと、なにか対策があるかなと思って先ほどの調査資料を見てみた。
やはり字が乱れていて読めないが、辛うじて一行『・顔が無い』という字が読めた。
…誰の?
その時、その窓にうっすらと子供の姿が映った。
多分自分の後ろに立っている。
いつの間に入ったんだよ。相変わらずサイレントな子だなぁ。
あぁ、もう逃げられない。意を決し、後ろを振り向いた。
そこには、誰もいなかった。
会社に帰った後に気が付いたが、そのメモの日付が3年前だった。
この物件を俺に振ってきた上司にそのことを言うと、「あれおかしいな。もう終わったやつだよ」と言う。
なんでも顔がつぶれた子供の例が出るという訳ありすぎる物件で、当時の担当者がそのことを提出資料に書いたところ、クライアントが「そんな資料はいらん」と言って付き返してきたという物件だったそうだ。
清書された書類を見ると、確かに『顔が無い』『風呂場やばい』とかが書いてあった。
まぁこういった幽霊物件はたまにあるらしく、出る事がわかった場合は備考欄にさりげなくそのことを書くようにしているそう。
他の幽霊物件の書類を見せてもらったが、やっぱりそういった物件のものは体験談がきちんと明記してあった。
俺「なんで今更3年前の調査資料なんか出てきたんですかね?」
上司「んー。まだ取り憑かれてるんじゃないかな。」
上司「その当時の担当者って俺だし。」
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