感情と穴

小さな悪の花にて、ラストにジュールラフォルグ作「哀れな若者の嘆き」を朗読するシーンがあります。 

防壁が必要 

堤を築け

 防壁が必要

 堤を築け 


全文は↑の記事にあります。

フランス語をそのまま訳すと「堤(ダム)を築け」となる箇所を映画では「穴を掘れ」と訳されています。

ダム(digue)と 穴(Un trou)

明らかに違う単語だと思うのですが、何故そう訳したのか。

意図的な翻訳だったのか、少なくとも「堤を築け」よりもなにか言葉に含みをより感じます。



元々ラフォルグの作品を翻訳するのは不可能と言われています。

翻訳するには言葉が足らず、どれだけフランス語が堪能な人でも意図を掴もうとすればするほど

言葉が零れ原型を失い、終いには言葉の羅列で迷子になる。


そもそも何故穴なのか。

一つ理由を挙げるなら、穴と日本人のそれに対するイメージのせいでしょうか。



そもそも穴に入るシチュエーションなんか自分が死んだときぐらいなんですよね。

多分それで「自分を雑に扱う」ような、マイナスな印象なのかもしれません。


土葬をすすめる宗教は結構多く、逆に火葬に対しては否定的です。

日本は仏教徒が多いという理由で一度火葬になりましたが、江戸時代から昭和初期まで

土葬(神道)火葬(仏教)の争いがあったようです。

今では火葬も(地域によっては)土葬もどちらもできます。


また日本、中国、韓国には生き埋る人柱の文化があります。

埋めるには、やはり穴を掘らないと。

ヨーロッパも人柱っぽいものはありますが、生き埋めは文化として無いようです。


しかも人一人が入れる穴となると一人で穴から脱出するのはほぼ不可能に近いのではないでしょうか。多分脱出することも望んでないだろうし。

寝て入るような浅い穴ではないと思うので中でうずくまれる程の大きさの穴。多分三角坐り。

しかも他人が関与出来ないぐらいの大きさ。

最低でも1mの深さで直径が50~60cmぐらいでしょうか。


「穴があったら入りたい」「同じ穴の貉」「人を呪わば穴二つ」「偕老同穴」

「偕老同穴」とは仲睦まじい夫婦を指す四字熟語。偕は「一緒に」を意味し、穴は「墓の穴」を意味します。

割と自分の身近にある穴にまつわる言葉はありますが、どれもやはり少しマイナスな表現として使っていますね。

日本だけなのか、あまり外国では穴に纏わる諺などはありませんでした。

あったとしても、穴以上の意義を示すようなものでは無いと感じました。



深層心理的な解釈として、夢診断を調べてみると

「困難、トラブルの象徴」

穴に落ちる夢は、対人関係に困難が訪れたり、体長を崩す事を暗示しているそうです。

逆に穴に落ちたが、這い上がる夢は困難があっても立ち直ったり逆転することができる暗示だそう。


なるほど、「穴に入る」事ばかり考えていましたが「穴に落ちる」という事。

落ちる事は単純に考えても幸せな事ではないので、トラブルの具体的な例として繋がるんでしょうね。落ちる切っ掛けはそこに穴があったから。

落ちたことを悔やむのか、そこにある穴を恨むのか。



また「中に入る為の穴なら地面に掘るのでは?」と思い地面に穴を掘る、地面の穴とは何を示すのか調べたところ、「地底には黄泉の国または地獄がある」と昔からの言い伝えや神話を見つけました。


・日本神話「黄泉の国(ヨモツクニ)、根の国、」

・ギリシャ神話「冥府」

 ※かつて世界の西方オケアノスの果てにあるとされたが、後には地下深くに存在するとされるよ

  うになった。

・北欧神話「ヘルヘイム」

・キリスト教「ゲヘナ」

これらは全て死者の国は地下にあると言い伝えられているものです。

劇中の主人公達もキリスト教。


またよくオカルトな話だと「地下には帝国がある」「シャングリラ、シャンバラが」「地底人が」といった話があります。地球空洞説ですね。


「だって地球の中なんて実際見ていないでしょ?なら地球の内側に世界が絶対無いって言えないでしょ?」

「アメリカ国防高等研究計画局の関係者たちのほとんどは、地球のマントルに、現生人類よりもさらに知的な人類種が存在していることを確信している」と元アメリカ国家安全保障局の男性も言っているそう。

ようは未知にはロマンがあるという話です。

おむすびころりんも落ちた先にまさか、ネズミ帝国が広がっているとはおじいさん、思わなかったでしょう。


人間は「見えない、わからない」ものには恐怖、そして好奇心を募らせるもの。



清水寺や、大きいお寺の本堂ってすごい暗いんですよね。

暗いし枠越しに見るから視野も狭い。そのうえ近づけない。とにかく見ずらいんですよ。

何故そんなに見ずらくしたのか、あれは「見えないところをあえて作り奥に膨大な世界を作るため」と昔、美術の先生が言っていました。

鈍い金色と大きく神々しい仏像、それを小さな枠から蝋燭の光で少し見る。

そうすると死角が多くなり、一回で全てを視野に収める事が出来ない世界が出来るのです。

欲張らずに、少しずつゆっくり見なさいという事なんですかね。


今手元にあるものって大体視野に収まるんですよね。しかもより見やすく影を作らないようになっています。本や携帯なんか特にそうですよね。


見えない事によって多くを見せる。そういう技法だそう。

穴も少ない視野から暗い中を、膨大な世界を覗き見せてくれているのでしょう。




穴とは「墓穴、埋まる、死を連想させる。落ちるものであり入るもの、未知の世界に繋がる可能性のあるものである。」

地面とは「地獄や死者の国、また違う世界があるとされる」

未知とは「恐怖であり好奇心であり冒険である」


そういえば、この映画のキャッチコピーが

「地獄でも、天国でもいい、未知の世界が見たいの!悪の楽しさにしびれ 罪を生きがいにし15才の少女ふたりは 身体に火をつけた」


もしかしたらラフォルグと翻訳者の詩の受け止め方に違いがあったのかもしれません。

ラフォルグは「傷つけられたくない。自分の殻に避難したい」に対して、

翻訳した人は「死んでもいいから身を守りたい」「あわよくば死にたい」

「死んで(彼女たちが)崇拝するサタンの所へ行きたい」「死んで二人で未知の世界に行きたい」

そういったこの映画特有の感情を読み取って「穴」と訳したのではないでしょうか。


映画のラストは少女二人で焼身自殺をします。

穴に潜るわけではありませんがそれこそ死んでもいいから身を守り、未知なる地獄へ旅立ったので

しょう。


冒頭でも言いましたがラフォルグの詩は複雑怪奇で翻訳がとても難しいそう。

もはや日本語訳がどこまで正しいのかはわかりませんし、原作のほうでも「堤」

ではなく「穴」となっているかもしれません。

それはそれで「穴を掘れ」の意味に引っかかっていると思います。

これらはすべて私自身の自由な解釈で、解答ではありません。

映画を見た人がそれぞれ個人でまた違ったり、同じ解釈をしてくれれば嬉しい限りです。

WUNDERKAMMER

名作は、名作と呼ばれる理由があるはず。 それを求めて映画や本を観ています。 あとは奇妙なもの、怖い話や自分が好きなものをここに集めています。

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