1471.夏にだけ存在する少女の話をしよう。電車は補完された物語の外側を通り過ぎ、帰り道私達は星だけを数えて帰る。永遠、の長さを知る人よ。挟んだ栞から漏れ出すのは何色でしょうか。骨の白さを知る人よ。誰かが隠した夏の下には向日葵だけが咲かなくて、業と、誰も彼女の顔を知る人はいないのでした。
・・・
1472.私が透明になっていく中、暗い海中を大きな大きな鯨の幽霊が泳いでいた。どうも死んだ事を知らない様で時折月明かりを飲み込んでは成長し続けているらしい。試しに一欠片食べてみると薄荷糖に似た味がして、少しだけ眠くなるような涼しさの中、私達の溜まったお腹の底はチカチカと同じ色に輝いている。
・・・
1473.いつまでも夏が来ないので百貨店へ買いに行くと、案内された先には一匹の猫が眠っていた。「この猫が夏を全て食べてしまったんです」と店員に頭を撫でられた猫のゆっくりと開いた瞳の中には青い光とともにペルセウス流星群の夜が流れており、文字化けした値札には『神様限定』の文字が書かれていた。
・・・
1474.「これからこの猟銃で幸福を獲りに行きます。見た事はありませんがきっと幸福は温かい故に北にあり、高貴故に小さく、私が溢れるを見るに有限だ。見つからないのは北極星にあるからです。一番高い所には、聖人しか届きませんから。林檎を半分どうぞ。目は多い方がいいのでしっかりついて来て下さいね」
・・・
1475.目を覚ますと私は一畳ほどの小さな海に浮かんでいた。水は酷く冷たく、裏返って水の中を見てみるとその真暗い中には子供の頃に買ったおもちゃの指輪やビー玉、君が授業中にくれた折手紙などの辛うじてまだ愛せる物達がきらきらと沈んでおり、永遠そうな微睡みの中私は、ここが地獄なのだと気が付いた。
・・・
1476.噂によると物語の鍵を握っているのは君らしく、なら早く終わらせてくれと無邪気に遊ぶ君の横顔を重い目の底で見ていたのだが、遂に季節も行き詰まったこの街の微温さが「可愛い」と君は骨だけが展示された水族館を眺めるので、資源の尽きた夢の中で今日も君は美しく微笑み、街には博物館が増えていく。
・・・
1477.白い紙吹雪が降り、薄荷色の夕暮れに融解してゆく街の中では誰かの記憶から漏れ出した動物園の影達が反対の方へと歩き出して、持っていたドグラ・マグラが世界と融合していく。「また来世」と笑う君の溶けた瞳には星々が混ざり、二人分の小さな水溜りには星が流れていたがそれもやがて消えてしまった。
・・・
1478.長い長いテーブルの上を歩く。ケーキや紅茶、蛾やラピスラズリを照らす蝋燭の蒼白い光に熱は無く、着席したお化け達の無言のお茶会はお行儀良さそうにカチャカチャと「そういえば、」と背後のきっともう見えなくなった端から君が懐かしい話を投げかけるので私は相槌を打ちながら、白い白い息を吐く。
・・・
1479.地上へ身投げした君の遺体を人間達が小さく啄み国が一つ潤っていく。肉は腐り溶けて深青の湖を作り陽に晒された肋骨の下では子供達が昼寝をする。加工された羽根や髪、歯は君だった事を忘れた様に沈黙するから隣で座る私は風の音しか聞こえなくて、君の苔むした顔には君にしか咲かない花が揺れている。
・・・
1480.青い夜、キッチンの隅に置かれていたチェルシーの空き箱に幸福が死んでいた。「大人になってどのくらい経った?」、ふと窓の外を見ると大洪水の中魚が泳いでおり、「月まで届けましょう。あすこは遠い思い出達の最果てですから」と幸福を咥えて行くので崩れた水月を眺める私は夜に一人置き去りになる。
0コメント