621.「命短し、ならば踊ろう」
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622.世界で一番美しい自殺は、辰砂にくちづけをすることです。
世界で一番さみしいものは、愛された途端ひとりぼっちになってしまった辰砂です。
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623.夏の終わり頃、誰も知らない夜になると、ひゅるひゅると控えめな音と共に花火の影だけが空に浮かびますが、それは散った花火の亡霊です。
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624.「神様」
そう書かれた看板は見世物小屋の一番奥にあった。中には、誰もいない。
「いる」『いない』「男」『女』
どうも見える人見えない人といるらしく、姿も曖昧な様だ。
「ぎゃああ!!」
絶叫に振り返ると視点の合わぬ女性が呆然と立っていた。
「本当の姿を見たんだね」誰かがそう呟いた。
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625.私の部屋の壁には歴代の心臓が一面に飾られ、彼女は莫大な量のメモリから手足を失い、大きなコンピュータとなった。彼女は鈍い音を立て起動し、バーチャルの姿を現す。
「おはよう」『ええ、おはよう』画面越しに手を合わせ、額を付ける。
水槽、人魚
そんな言葉が頭をよぎる。
貴女の為なら足なんて。
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626.その寂れた教会には後光の様な冠を被る異形がいた。巨大な黒い体を屈めて徘徊し顔に一つある目は赤い。
『祝福を』
出会った時、彼はそう目を瞑り身を縮めた。
彼は神を偽るのか聖者なのか、また神の代理なのか何かの成れの果てなのかはわからない。
だがあの祈りは確かに私を想ったものだった。
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627.少年が犬と共に見たそれは薄いレモン色に似ており、放射線状に虹の輪郭で輝いていた。地平線は白く、そこから流れ込む風の瑠璃色は吸い込むと自分が一新されるようで、自然全てから祝福と肯定を受けた様だった。
「太陽が綺麗だったよ」
伝えきれぬその言葉には、彼と友人だけの風景が広がっている。
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628.「透明人間がいる」という通報が同時に複数件入った。震えた声に悪戯の様子は無く、場所も皆同じ所だ。現場に到着し探してみるも探し得ることは出来ず、通報者の家へ向かうと「そんな電話はしていない」と皆口を揃えて言う。履歴を探しても何故か無く、覚えているのは警官ただ一人となった。
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629.この世で一番赤いのは火星だ。
その黒子のような、刺し傷のような、黒髪女のルージュのような、目の奥の本能のような赤は誰も届くものは居らず、夜を刺すそれは狂気が混じる。抑制が胸を締め付ける赤色。
だが私は空を見ると火星に潰されると予感しながらその美しさを探してしまう。
誘蛾灯、是如何に
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630.「生まれる時代を間違えた」
これを口癖とし現代を疎む私は、ある前世セラピーを受ける事になった。目を従うと、次第に見えてきたのは私の愛す大正時代の私であった。
「やはりこの時代に私は居たのか!」
喜んでいると前世の私は溜息を一つ付き、『生まれる時代を間違えた』と古い浮世絵を眺めていた
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