ガラスの中で

私はN県の出身で、私が住んでいる街には、地元では比較的有名なカトリック系の女子大があります。

私の母はその大学の卒業生でもあり、その頃講師として働いていました。

当時中学生だった私も、放課後や休みの日は母に連れられて、その大学に時々遊びに行っていました。


ある日、私はいつものように、学生服を着たまま母と一緒にキャンパスへ遊びに行きました。

その日は授業がない日だったようで、一部の職員とシスターがいるだけで、学生は全く見かけませんでした。

キャンパスはそんなに広くないのですが、人も少なくとても静かだったので、まるでゴーストタウンのようでした。

母は会議があるとのことだったので、私をおいて会議室に向かいました。

中学生の私が制服でキャンパス内を歩いているとどうしても目立つので、

一人の時は図書館で本を読んで過ごしていたのですが、

その日は学生さんたちがいないこともあって、大学を探検することにしました。


キャンパスの建物の中をあちこち回っているうちに、建物の外に出てしまいました。

この大学のメインとなる建物は、一階の壁面がガラス張りになっていて、

鏡のように外の景色の広い範囲を映しています。

建物の外をぐるっと歩いてみようと思い、建物を右手側にし歩き始めました。


この時私は、ガラスに映る自分と景色を眺めながら歩いていたのですが、

ふと私の後方を映しているガラスに注意を向けると、後ろの方に人がいるのが見えました。

その人は私と同じデザインの学生服を着ていたので、私は同じ中学校の生徒だと思い、後ろを振り向きました。

しかし、後ろには誰もいません。

おかしいな、見間違いかな、と思ってまたガラスを覗いてみました。

やっぱりいます。

これは変だ!そう思った瞬間、その人はこちらに向かって、物凄い勢いで走ってきました。

ぱっと後ろを振り向きましたが、やはり誰もいません。

ガラスに映っている中学生は、両手を大きく振る奇妙なフォームで走りながら、どんどん近づいてきています。

混乱してしましまった私は、その場から動けなくなっていました。


どうしよう、どうしようと思っているうちに、ガラスに映る『その人』は、

ガラスに映っている私の目の前まで迫ってきてしまいました。

ぶつかる!そう思った私は、ガラスを見ながらどうにかして避けようとしたのですが、

あることに気づいて、恐怖で体が固まってしまいました。


ガラスの中でこちらに向かって走ってきた『その人』は、私でした。

顔も髪型も、体格も着ている制服も全く同じ、間違いなく私でした。

ただ唯一違うのは、その『私』の表情が、気味が悪いくら歪んだ笑顔だったという点でした。

ガラスに映っているその『走ってきた私』は、『立ち尽くしている私』の横を通り過ぎると、その気味の悪い歪んだ笑顔のまま、ガラスに映る景色のなかを走り去って行きました。

本当に一瞬の出来事でした。


怖くなった私は母たちのいる所へ戻り、自分の身に起きたことを全部話したのですが、

全く信じてもらえませんでした。

その大学の他の職員やシスターにも話をしたのですが、相手にされませんでした。


あれからもう5年近く時間が経ちましたが、私に特に異常はありません。

ドッペルゲンガーを見たのかもしれませんが、今のところ大きな事故や病気もなく、健康にしています。

ただ、私のこの体験は見間違いや白昼夢ではなく、間違いなく現実のものでした。

あのガラスに映るもう一人の自分を見てから、

世の中にはオカルト的なものもあるのだと考えるようになりました。

WUNDERKAMMER

名作は、名作と呼ばれる理由があるはず。 それを求めて映画や本を観ています。 あとは奇妙なもの、怖い話や自分が好きなものをここに集めています。

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