研ぎ石のような臭い

母に聞いた話なので細部がうろ覚えだったりするかもしれない。ただし作り話ではないと思う。母は冗談は好きだがこんな嘘をつく意味がない。  


あれは6年前のことで自分は小4だった。妹は保育園の年中組で毎日4時に母が迎えにいく。

その日は真冬で、こちらの地方は雪はほとんど降らないが、かなり寒い日だった。 保育園は家から歩いて10分くらいと近いので、午前中だけパートをやっていた母は毎日歩いて迎えに行っていた。

その日もいつもとかわらず、保母さんから妹をもらい受け、住宅街から外れた田んぼの中の近道を、妹の手を引いて歩いてきたということだ。 

母の話では、その道すがら妹が変なことを言い続けていたらしい。  

「ねえねえお母さん、暗い道があったらまっすぐ行くとどうなるの?」 

「赤い車があって女の人が下を見てるの、すると男の人が出てきて運ぼうっていうの」 

「女の人もこっちに来て暗い道をいっしょにに行こうっていう」 

それで、道すがらの田んぼの中に農具を置いてある掘っ立て小屋があるのを見て、 「あそこに入ろう」 と言って母の手を引っ張ってきかなかったらしい。 

鍵はないだろうけど、他の家の小屋だし、田んぼの土に足を踏み入れるのは嫌だったので、母は無理に手を引いて家まで連れてきたという。 今は違うけど、当時は妹はおとなしくてほとんどしゃべらないような子だったのでそれも変だと思ったそうだ。 


そんなこんなで、近いのにその日は家まで30分ほどかかってしまった。 

それで家の玄関先まで来ると、妹は手を離して走り出し、どたどたと音をたてて保育園のお道具を持ったまま二階へ駆け上がり、当時は俺と共用だった子供部屋へ入ったらしい。 普段はそんなことをする子ではないし、手を洗わせようと思って妹の後を追いかけ二階へ上がったが、何故か二部屋しかない二階にはどこを探しても妹の姿はなかったそうだ。 ただ自分たちの部屋に入ると、ちょうど砥石で包丁をといでいる時と似た臭いが強くしたという。

換気がてら窓を開けて屋根の上を見たりしているところで母の携帯が鳴り、「まだお迎えに来られていませんが遅くなるのですか?」という保育園からの電話だった。 母はあっけにとられて、「さっきうかがったと思いますが」といっても、「今日は一度もお見えになっていませんよ」と向こうも驚いた様子だった。 そのあたりで自分が学校からあがってっきて、母といっしょに保育園に行った。  

歩きながら、母にこの話を聞かせられたが、自分にはちんぷんかんぷんだった。

保育園ではいつもの妹がべそをかいて待っていた。 


それから一週間後、母が妹のベッドのシーツを取り替えようとして敷布団をあげたら、ちょうど寝た状態の妹のあごがくるあたりのマットレスに、小さな赤黒い手の跡がついていたという。  

母は思わず大声で叫んで、あわててぞうきんで拭き取った(だから自分はその手の跡も見ていない)が、そのときにまた包丁をとぐ臭いがしたそうだ。

WUNDERKAMMER

名作は、名作と呼ばれる理由があるはず。 それを求めて映画や本を観ています。 あとは奇妙なもの、怖い話や自分が好きなものをここに集めています。

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