俺が大学を卒業し、部屋を引き払って地元に帰る前に大家さんと酒を飲んだ。
その時に「そういえば・・・」と話してくれた話。
昔、あのアパートを購入した際に一室、妙な部屋があったらしい。
今もそこは無人の部屋(建前では荷物部屋)になっているが、
それは購入した時から開かずの部屋であって、大家は理由を深くは考えなかった。
勿体無いので賃貸部屋にしたいが、もしいわくつきなどといった部屋では困る。
別に過去に事件があったなどとは聞いていないが、
とりあえず自身が泊まって確認する事にしたらしい。
部屋の中には、ご立派な額縁に入った絵と子供用の学習デスクのみ。
大家は布団とラジオを持ち込んで、夕方から泊り込んだそうだ。
大家は幽霊など信じない現実派であり、
夜もふけるまで電気をつけっぱなしで、ぼけーっとラジオを聞いていた。
すると視界の端で、絵が動いた気がした。
気のせいか?
いや、こういう事ははっきりさせねば我慢ならん性格だ。
絵を覗き込んでみる。
その絵は初見から理解できない絵だった。
昔でいう、どこかの街道の途中に花柄の模様の着物が
土の上にくしゃくしゃになって落ちており、その真ん中に黒い玉がある。
大家はしげしげと眺めた後、鼻で笑うと布団に戻って電気を消した。
寝付けなかった大家は部屋の天井を眺めていたが、
異変に気づき飛び起きて電気をつけた。
・・・・・やっぱり絵が動いている
早足で絵の前に立つ。
絵が、変化していた。
黒い玉は頭部になり着物には中身があった。
描かれていたのは、街道沿いに倒れた着物姿の女性だったのだ。
内容を理解した大家は混乱した。
まず、何でこんな悪趣味な絵がアパートに?
こんな気持ち悪い絵を誰が置いた?
くしゃくしゃだった着物は膨らんで、
今ではもうはっきりと人間が着ているように見える。
黒い玉にしか見えなかった頭頂部は、日本髪の光沢までも鮮明になっている。
頭には赤いカンザシがささっており、その頭部がゆっくりと動いた。
大家は身動きすら忘れ、絵に釘付けになっていた。
女の顔が見えた。血まみれの赤い顔が。
目は潰れ、唇は膨れ上がり、顔面中に血が滴り落ちて光沢に輝いていた。
女は倒れたまま コツン、とアゴを地面に置いて大家の方に顔面を固定した。
女は首を困ったようにかしげた。ゆっくりと首が傾いていく。
大家は女性の顔につられて、注視したままに自分も首をかしげた。
しかし、女性の首は人間には不可能なほどに回っていく。
ころん、と女性の首が横に転がっていった。
残った胴体の首からは血の奔流。
気絶したのだろうか、気が付いたら朝になっていた。
翌朝に絵を処分しようと恐る恐る近寄ると、そこには絵など無かった。
ご立派な枠に収まった、ただの鏡だった。
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