信じてもらえないかも知れない。
でも当人が一番混乱してるんだ。ちょっと長くなるけど聞いてくれないか。
家に帰ったら母親が風邪で寝込んでいた。甲斐甲斐しく世話をする俺。
ものの15分くらいでばっちし母親の風邪を貰ったらしく、遅れて帰ってきた兄に後を任せ早々に自室で横になった。
自慢じゃないが俺は結構風邪はひかない。バカじゃないぞ、多分。
だからおかしいなあと思いつつもまあ、最近疲れていたし、免疫力が低下したんだろうと差して気にせず悪寒のする身体を布団に包ませた。
眠りにおちる寸前に、変な音が聞こえた。
「がん、がん、がん」
俺のベットの横には150センチくらいの小さな箪笥がある。
其処を誰かが蹴っ飛ばしていた。「がん、がん、がん」と。
だが、何故だろうか俺は別段何も思わずにいつの間にか眠りについていた。
夢の中で俺は寝ていた。もちろんこれが夢だ、という認識は無かった。部屋は薄暗く、相変わらず体がだるかった。
というよりどうも体が変だった。何が変かと言うとまるでたった今10kmマラソンでもしてきたように全身がだるく、重かった。
「(…金縛り…?)」
身体は動くが思ったように動かない。だるすぎる。腕を持ち上げても重すぎてすぐにぱたりとベットに落ちる。
俺は当然のようにだるい頭を無理矢理動かしベットの横を向いた。そこに、周囲の色をはるかに超えた真っ黒な何かがあった。
黒、といううよりは闇といった方が正しいのかも。もや。とにかくそういった球体が目先20センチのところにあった。
「(あ…たま? 人間の、頭?)」
『にい』っと目も鼻もないただのもやが笑ったように見えた。慌てて飛び上がる夢の中の俺。周りを見渡す。何も無い。
「(何だよ、夢かよ、気持悪い…)」
そしてまた夢の中の俺は眠りについた。まるで気絶するように。そして、そこでまたもやが『にい』と笑う。飛び上がる俺。再度見回すがやはり何も無い。
「な、ん」
何だいまの、と言おうと思った。でも言い終わる前にまた俺は眠ってしまう。
『にい』目が覚める。寝る。『にい』目が覚める。寝る――――。
何度夢俺は繰り返したか解らない。もう寝てるのか起きてるのかすら分からない。
『危ないよ!!』
十何度目かのもやとの遭遇中に突然俺の頭上から声がした。女の子の声だった。俺よりも若い、子供みたいな。
『禍々しい、そいつ(もやのこと)はこれから質問してくるよ、間違えたら×××だよ(何て言ってたか忘れた)』
「嫌だ…!助けて!!」
『私はアリス、彼の質問の答えを私が言うから、繰り返して、いい?』
夢俺の頭の中に亜理子、という字が浮かんだ。これでアリス? 不思議な名前だ。
「怖い?」
男の声がした。もやだ、と気付いたとき夢俺の背中がすうっと冷えた。
『怖くない、お前は××だ、いない(…何て言ってたか忘れた)』
「こ、怖くない、お前は××だ、いない」
凄く引っかかる質問だった気がする。7〜8個質問をしては、アリスなる者も意味の解らないことを返した。
何を言ってたのかは覚えていない。最初と最後だけをなぜか覚えている。ただ、アリスに言われた通り返すとなんていうかな、もやの何かがしぼんだ。
恐怖感と言うか禍々しい感じが。だから俺は全面的に信じちまったんだよ。アリスを。
「私は?」
大分怖くなくなったもやが言った。なんとなくこれが最後の質問だとわかった。
『あなたと、ともだち』
「あなたとともだち」
ぶわっと全身の毛が逆立った。萎んでいた恐怖感が急激に膨張した感じだった。『にいいい』口も無いのにもやの口が耳元まで裂ける様に笑った気がした。
怖い、怖いとか言うレベルじゃなかった。
『あ、な、た、と、と、も、だ、ち』
もやとアリスが同時に言った。ああ。もやとアリスはイコールだったんだ。決して助けに来たんじゃな――――
俺絶叫。絶叫って多分ああいうののことを言うんだと思う。慌てて階下のダイニングに駆け込む。
そこでは母親がキョトンとした顔でサンドイッチを作っていた。「おはよう」と笑いながら。
「母さん、怖い、怖い夢見た!!」
「へえ」
「あのな、もやが、違うアリスっていう違うなええと」
「風邪ひいてたからでしょ」
「違うんだって!ちゃんと聞いてくれよ母さん!!!」
母親は怖い話ばかり読んで怖い目にあったと言うのやめてくれる、みたいな。なんか自業自得と言うか、まあ、とにかくサンドイッチ作りを優先していた。
とにかくあまり親身になって聞いてくれない母親に向かってたった今夢の中で見たことを勝手に話す俺。
「あ、な、た、と、と、も、だ、ち、って言ったんだよおお!!!」
そこまで話すと母親はしかめっ面をした。「気味が悪い夢だね」とでも言うように。半分泣きそうになってる俺。怖い話ってさ、誰かに気味悪がってもらえるとなんか安心しない?
信じてもらえたというか恐怖が薄らぐ感じ。
母親は夢俺の背後にある冷蔵庫にレタスを取りに行きがてら夢俺の頭を撫でた。
安心して泣き出す俺。今年18歳。
とりあえず塩をかけてもらおうと背後で背を向けてレタスを探してるはずの母親の方を振り向いた。
絶句した。
母親が口を信じられないくらい縦に、縦に開いて痙攣してた。全身がくがくさせて。そこで俺は気付いた。痙攣じゃない。母さんは…笑ってる。
涎を飛び散らせながら、白目を剥きながら、信じられないくらい身体をがくがくさせて、声もなく、音も無く笑い続けてた。
手の中の緑のレタスは指が貫通してぐちゃぐちゃになっていた。
後ずさる俺。構わず笑い続ける母親。
目の前に母親はいるはずなのに、耳の後ろ本当に2センチくらいのところから母親の声がした。
『と、も、だ、ち』
風邪を引いていたから、きっと悪い夢を見たんだろう。裏の家では不幸があっておばさんが亡くなったらしいから、それかもしれない。
いや、最近怖い話を読んだからかもしれない。
でも現実の俺が飛び起きたときベットの横の箪笥の下から3段目が飛び出ていた。そして右の、弁慶の泣き所って解るかな、階段上っててぶつけると痛いところ。
そこに何度もぶつけたような痣が出来ていた。
眠る寸前に聞いた「がん、がん、がん」という音は俺がやっていたのかな。でもそれじゃ、それを見ていた俺は、一体誰だったんだろう。
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