和紙人形

7年くらい前にタクシーの運転手さんに聞いた話です。

 当時、六本木にある会社に勤めていましたが、 けっこう夜遅くなることが多かったんです。 

 当然終電はなく、タクシーで帰ることに。無事にタクシーをつかまえ、乗り込みました。


家まで40分以上かかるので、 運転手さんに「何か今まで怖い体験とかしたことないですか?  客を乗せたけど、いなくなったとか、定番でもいいんで」と聞くと、しばらく思案し、 「お客さん、実は私自身そういった体験を  子供の頃からよくするほうなんです・・・」 と運転手さんは言って、いくつかのちょっと洒落にならない話をしてくれました。その中の一つの話です。


「この間乗せたお客さんの話しなんですがね、ああ、あの日もちょうど今日みたいな雨模様の日でした。ほら、さっきお客さんを乗せたあの場所で客待ちしてたんです。あそこに飲み屋がたくさん入ってるビルがあったでしょ? そこのエレベーターから男女5人が出てきたのが見えたんですね。

 で、ああタクシーに乗りにくるなと感じたんで待ってたんです。私らそういう勘はすぐれてますから。

でも、ビルの庇の下で雨を避けるようにして、何かガヤガヤと議論してるような感じなんです。

しばらくそうやって話しをしていたんですが、そのうち2人は停めてあったベンツに乗って行ってしまった。 残りの3人が客待ちしているタクシーのほうへ歩いてきて、1人の男の人が私の車に乗込んできました。

どちらへ?と聞くと『N方まで』と言ったきり、何か深刻そうな顔をしてるんです。私らもあまり余計なことはお客さんに言いませんから、黙っていたんです。

そしたらその人が『運転手さん、信じてくれるかなあ?今の店がすごく変だった・・・』と。

私も『いや、信じますけど、どうしたんですか?』って言ったんです。


 その5人は某有名キー局の長寿番組のスタッフでした。 麻布で食事をしてひと飲みしたあと、 スタッフのAが「知り合いがやってるバーに行きたい」と言い出したそうです。 なんでも、そのマスターは体をこわしてしばらく入院していたそうですが、 最近退院したらしいと聞いたので店に行きたいとのことでした。 誰も文句もないので、行こう行こうということになり、さっきの店に行ったそうです。

店に入って、そのスタッフがマスターとしばらくぶりのあいさつをしたあと、 奥のテーブル席に5人は座ったそうです。 店はビルの5階だか6階にあって、 15、6人が座れるカウンターとテーブル席が3つくらいの、 まあよくあるタイプのバーとのこと。

 5人は水割りを飲みながら他愛のない話しをしていたが、 次第にみな無口になって行ったそうです。 マスターの知り合いのスタッフが、みんな静かになったのでAが  「なんだよ、みんなどうかしたのか?」 と聞いたんですが、4人とも 「いや、別に・・・」とか「何でもないよ」 などと言い、なんか気まずそうだったそうです。

みんなのあまりに妙な様子にイライラしてきたAは、 「なんなんだ、お前ら、いいかげんにしてくれ!」 と声を荒げると、他のスタッフたちが言いにくそうに、 「この店はおかしい。気持ち悪い」 と言ったそうです。 Aにせっかく連れられてきたわけだし、 なんか言いにくかった、とのことでした。

 K氏も、自分が紹介した店にケチをつけられたような気もして、 「なに言ってんだ、お前らは。なんにも感じないぞ、オレは。普通のバーじゃないか」 と言い、マスターが病み上がりで見た感じ確かにちょっと無気味だったそうなので、 Aはそのせいじゃないかと小声で話しました。 

すると、みんなは 「そうじゃない。なんかあの辺がすごくいやな感じなんだ」 と、店の入り口辺りを指したそうです。 入り口の前には襖2枚分くらいの竹のついたてがあり、ただ、小さい和紙人形が4つ、おとうさん、おかあさん、 男の子、女の子っといった具合に張り付けてあったそう。


 Aは席に戻り、みんなに 「なんにもなかったぞ。ただ和紙人形があるだけだ」 と言うと、女性のスタッフが、 「それがすごく怖いの。私は店に入った瞬間に毛が逆立ってもう早く出たかったんだけど、悪くて言えなかった。みんなにコソコソ聞いてみたら、同じ思いをしていることがわかった。 ここ危ないから早くでよう」 と言ったそうです。 

 別の男性スタッフも 「オレもあまり詳しくは言わないけど、トイレに入ったときにそう思った」 と言い出したので、Aはまったくその手の話は信用しないたちなので、「お前らどうかしてるよ」 と言って、トイレにわざと入ったそうです。Aはトイレで普通に用を足していたそうですが、 いきなり両肩にズシンとなにかが乗ったそうです。 それはもう錯覚だとかなんとかといったものではなく、 あきらかになにかが乗った感覚だったそうです。 もちろんトイレの中には誰もいません。 K氏は用を途中でやめ、慌てて席に戻っていきました。そしてみんなに「や、やっぱり店を出よう」と言いました。

 みんなも驚き「どうした?なにがあった?」 と聞いてきましたが、Aは勘定を済ますと、 なにも言わずエレベーターにみんなと乗って降りたそうです。

「お客さんの話は信じますよ。もうその店には行かないほうがいいですよ。現にお客さん、いま連れてきちゃってますよ」と運転手さんが言いました。


 今度は私が驚きました。 「え? じゃあ、運転手さん、なにか見えたとか・・・」  

「いや、そのお客さんを乗せる前に3組くらいお客を乗せてましたが、みんな酔っ払いでギャーギャー騒いでも窓ガラスはぜんぜんくもらなかった。それが、そのお客が乗ってきたとたん窓ガラスがいっせいにくもったんです。あと、私は剣道とか武道をちょっとやってるんですけど、後ろの座席で大勢の者の気配を感じてたんです。ときどきいるんですよ、そういう人。でも、そのお客についてたのは多かったなあ」 

その運転手さんは結局、Aについていた霊を、活を入れて追い払ったそう。


 私はすごくその店に興味を覚えたので、 運転手さんに店の名前を訊ね、後日友人と一緒にそのビルに行ってみました。

 ビルの入り口に入ってる店の看板がズラリとならんでいて、 私らは手当たり次第に看板をチェックしていきました。 すると、運転手さんの言っていた『舞姫』というバーがありました。


 お約束っぽくていやなんですが、そのフロア全体がお線香くさいんです。  

バーに入り、私は真っ先についたてを見ました。 そこには運転手さんの言ってたとおり和紙人形が貼り付けられていました。

 その和紙人形を見たとき、これは絶対にヤバイと思いました。 普通、和紙人形って、目とか鼻がないんですが、 そこにあったのは顔になっていて、目は真っ赤でつりあがっていて、 黒目が変な位置についているんです。 しかも口から小さい牙が出ていました。


 私たちは、人形を見た瞬間に非常階段からかけおりました。

WUNDERKAMMER

名作は、名作と呼ばれる理由があるはず。 それを求めて映画や本を観ています。 あとは奇妙なもの、怖い話や自分が好きなものをここに集めています。

0コメント

  • 1000 / 1000